イギリス、初めての日本人
| ドイツに住んでいる頃懐かしいイギリスを夏休みに旅行しました。確か1978年のことでした。海岸線の美しいコーンウォール地方を旅行していた時の話です。丘の上にある小さな町でぶらぶらと散歩をしていると前方から40歳前後とみられる男性が犬を連れて近づいて来ました。私との距離がほんの3,4m位になった時にその人は世にも不思議なものを発見したような驚いた表情で一瞬立ち止まって私を指差して叫びました。「Are you Japanese?」「あなた日本人?」「Yes] と答えるとその人は興奮して今度は犬に向かって叫びました。「Hey, did you hear? He is Japanese!」「お前聞いたか、日本人だってよ!」それからおもむろに「セーン、クー、ヒャーク、、、ウー、ウー」と始めました。私は多分西暦千九百いくらと言いたいのだなと思い「千九 百」と助け舟を出すと、 | 「No,
no, don't help me. Letme try
it」「いや、助けないで、自分でやるから」と言って何とか1945年を日本語で言いました。私が驚いていると今度は英語でその理由を話し始めました。6歳の時に第二次世界大戦が終わってすぐ当時父親が英国軍の将校だったため家族と一緒に6ヶ月間千葉県の館山に住んだということを話してくれました。何十年も経った今も味噌汁とすしの味が残っているとお腹をさすりながら懐かしい顔をしていました。それからイギリスに帰国して以来その小さな町で育ち日本人にはまだ一度も出会ったことがないとのことで、その驚きようも理解出来ます。
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パリの恥はかき捨て
| 1975年3月の初めにぶらりと日本を出たのですが、どこといって行くあてもなく大体ヨーロッパの真ん中あたりがいいと思い先ずはパリに降りることにしました。初めて来たヨーロッパのそれも花のパリです、事始に市内観光でもしようと全く旅行者気取りで名所をぶらつきました。あの有名なシャンゼリーゼ通りの凱旋門から少し下ったところを左入ってすぐのこじんまりしたホテルに宿を取りそこを拠点に4日間ぶらぶらしました。少しはラッパも吹かねばと思い公園の隅っこでミュートをはめて練習をしていたら巡回していた警察官に、公園で音楽をしてはいけないと言われました。本当は何を言われたのかぜんぜん分からなかったのですが、まあ、そんなことを言ったのだろうと想像した訳です。5日目くらいにここでこんなに呑気にしてぶらぶらしていては金を浪費するだけなので何とかトランペットの仕事をさがさねばと考え始めたのですが、フランスでは言葉がぜんぜん出来ないので先ずはロンドンに行ってみようかと思いつき早速飛行機の切符を買うことにしました。シャンゼリーゼを少し下ると右手に大きな看板が見えました。British Airways英国航空とあるではないですか、出だし快調と気を良くして勇んで中に入り従業員らしき人に英語で「 Hello, I want to fly to London this afternoon. Do you have a ticket for me?」「今日の午後ロンドンに飛びたいんですが、まだ席はありますか」と尋ねました。その人はただ不思議な顔をして私をじろじろ見るのみです。もう一度同じことを言いましたが今度は欧米人独特のしぐさ、両手を少し上げて肩をすくめる動作を無言でするだけです。フランス人は英語を話さないということを聞いていたが、ははー、さてはこれかな、と最初は思いましたが、しかしそれにしてもここは英国航空だから何が何でも英語は話すだろう、次に、では自分の英語がまずく、それが理解できないのかと思いましたが、それでもこれくらいなら問題は |
ないがなあとも思ったりして、もう一度ゆっくりはっきり大きく言いました。それでも効果はなし。今度は自分のことを馬鹿にしているのかなあとも思って、少しきつい口調で「Please
bring someone who speaks
English」「すみませんが英語の出来る人を呼んで下さい」と言うと黙って奥に入って行きました。すぐ中年の風貌からして役が上という感じの紳士が出て来て英語で丁寧に「Can
I help you,
sir?」「御用は何でしょうか?」と言いました。これでやっと通じると喜んでまた同じ文を今度は口早に言いました。その人はニコッとして丁寧に静かに言いました。「Oh,
I see, then you should go to the nextdoor, sir. Now you are in the
bank」「分かりました、それならお隣へ行って下さい。ここは銀行ですので」何たることか、銀行に入って飛行機の切符を売ってくれとごたついていたのです。冷や汗がどっと吹き出たかどうか覚えていませんが、穴があったら入りたいような心境になったことは思い出せます。それでも上に大きな英国航空の看板が出ていたがなあ、と思いつつ外に出て上を見上げるとやはりその通り大きくBritish
Airwaysとあります。おかしいなあ、と思いもう一度念のため下を見れば長い看板の下には二つに入り口があるではないですか。左が銀行、右が英国航空。全く早とちりもいいとこです。日本なら銀行か航空会社か中に入ればすぐ見分けは付きますが、何しろ初めてのヨーロッパで銀行か航空会社か見分けが付くはずもありません。それに上に大きな看板があり確信して入って行ったのもこの茶番劇に拍車をかけました。隣に入るとさすがに航空会社の事務所らしく飛行機の模型が置いてあったりしました。なるほど。今度は自分の希望を一回言うだけでどんぴしゃといきました。ああ、自分の英語もまんざらではなかった、と自己満足の安堵。何はともあれその午後無事にロンドンに到着しました。
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言葉の障害が生んだ大ソロ
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ドイツに行った最初のころは言葉のトラブルがいくつもありました。一番傑作なのはあるバンドで当時とても有名だった女性歌手の伴奏をやったことがあります。大きなホールで2千人くらい聴衆が入っていたと記憶しています。
その時に僕は打ち合わせの時に言葉が余り理解できなくて5曲目と6曲目を順序を間違えて入れていました。さて5曲目が始まりました。僕は当然6曲目の譜面を始めました。丁度ファーストトランペットの大きなソロなのです。勢いよく
パーんと始めたらキーが違っていたので他の連中はびっくりして最初の一拍を演奏しただけですぐ止めました。僕の最初の音は3拍の長さのものでしたが、その3泊の長さを一人で吹いている間に思ったことは、今自分が止めたら聴衆は
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バンドが間違ったと思うだろう、えーい、このまま続けて吹いてやれ、そうすればみんな譜面を入れ替えてどっかで入って来るだろう」です。そして4小節無伴奏で朗々とそのソロを吹いたらその通り5小節目からみんなが何事もなかったかのようにきちんと入って来ました。もう4小節のイントロがあってその歌手も事も無げに歌い始めました。一番が終わって間奏の時に僕の方を振り向いて親指を上にあげGoodの合図をウインクと共に送って来ました。いざ休憩となって大目玉をもらうと思い楽屋に帰ったらみんなが「おい、お前よくやったよ、大した度胸だね」と反対に褒めてくれました。そのハプニングをみんなもスリルを持って楽しんだようです。みんなで大笑いして一件落着でした。
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